先日、人と会う機会があって、改めて自己肯定感の違いを実感した。
相手が特別に自己肯定感が高いわけではないのかもしれない。でも、自分が低いから、みんなが高く見える。そう感じることが多い。
例えば、何か企画を考えているとき、自己肯定感が高い人は「誰かに手伝ってもらおう」と考えたり、「相談してみよう」と思うことができる。でも、自己肯定感が低い自分には、その発想がそもそも浮かばない。「頼んだら嫌がられるかもしれない」「迷惑だと思われるのでは?」そんな思考が先に来てしまうから。
これって、単なる思い込みなのかもしれない。
私たちは脳の「RAS(網様体賦活系)」によって、無意識に自分の思い込みに沿った情報を集めているという話を聞いたことがある。「自分は好かれる人間ではない」と思っていると、相手の何気ない仕草や言葉を「やっぱり嫌われているんだ」と解釈してしまう。事実は一つでも、それをどう受け取るかは、まさに“解釈”による。
たとえば、友人がメッセージの返信を少し遅らせただけで、「忙しいんだな」と思う人もいれば、「自分とはあまり話したくないのかも」と考えてしまう人もいる。同じ出来事が起こっても、自己肯定感が高い人と低い人では解釈の仕方が違う。
世界は事実だけでできているのではなく、自分の解釈によって形作られている。どうせなら、自分にとっていい、もしくは辛くない解釈をした方が楽に生きられるはず。でも、それが簡単ではない。
それでも、「今の解釈は本当に事実なのか? それとも自分の思い込みなのか?」と問い直すだけでも、少しずつ変わっていけるかもしれない。自己肯定感が低いからこそ、慎重になったり、人を思いやれたりする面もある。でも、自分を苦しめる思い込みは、少しずつ手放していきたい。
私の場合は、自分軸手帳に細々書いて、ブロック解除して、コテンラジオを聴いてね。
みんなは、どんな解釈をしてしまうことが多い?
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